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中森明菜の魅力や凄はどこから来るのか?復活の期待高まる今!

中森明菜魅力や凄さは何?復活の期待高まる今!

中森明菜は、1980年代大活躍したアイドル歌手、そして今彼女の復活が期待されているのです。

デビューは1982年、数々のヒット曲を出し、多くの聴衆を魅了してきた中森明菜ですが、2010年には体調不良を理由に芸能活動を休止しました。

しかし、2024年の今、中森明菜の復活が期待されて多くのファンが中森明菜の復活を待ち望んでいるのです。

今なお、多くの人を魅力する中森明菜の魅力や凄さは一体どこから来るのでしょうか。

中森明菜は、1965年(昭和40年)7月13日東京に生まれました。

1981年日本テレビ系のオーデイション番組 「スター誕生」で合格し、翌年の1982年、5月「スローモーション」でデビューしました。

続く第2弾「少女A」が大ヒットとなり、この「少女A」で中森明菜は他のアイドル歌手とは一線を画す強烈な個性派アイドルとなっていったのです。

3枚目の「セカンドラブ」はベスト10番組で1位を獲得。

「北ウイング」「飾りじゃないのよ涙は」もヒット。

1985年「ミアモーレ」、1986年「ディザイア」で2年連続して日本レコード大賞受賞しています。

女優としても活躍するようになりました。

そんな中森明菜でしたが、2010年体調不良とのことで芸能活動休止したのです。

2014年12月31日紅白歌合戦にスペシャルゲストとしてアメリカからの中継で出演しています。

2018年ほとんど芸能活動休止しましたが、2023年Uチューブチャンネルを開設しました。

中森明菜の復活の兆しが見えている今、新たに中森明菜の魅力や凄さとは何か?そしてその魅力や凄さはどこからうまれたものなのかについて迫ってみました。

 

中森明菜の魅力・凄さは「スター誕生」の時にすでに表れていたのだろうか

中森明菜の魅力や凄さは何でしょうか。そして、それはいつごろから表れ始めたのでしょうか。

中森明菜は日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生」の合格を機に歌手の道が開かれました。

この番組は1971年に始まり、森昌子、山口百恵、桜田淳子と言った多くのトップアイドルを生み出してきたました。

中森明菜はテレビ予選3回目の挑戦で山口百恵の「夢前案内人」を歌い392点という番組史上初の最高得点で合格しました。

番組史上初の高得点を中森明菜は、アイドル歌手登竜門の「スター誕生」で獲得したのです。

そこに、すでに中森明菜の魅力や凄さが表れ始めていました。

 

3度目の挑戦で「スター誕生」に合格!それまでの評価はどうだったのか?

中森明菜は「スター誕生」で番組史上初の最高得点を獲得し、アイドル歌手への道が大きくひらかれました。

しかし、この「スター誕生」合格への道のりは決して容易いものではなかったのです。

中森明菜はこの番組のテレビ予選は3回目の挑戦であったのですが、その前に書類審査がありそれを通過してテレビ予選を受けることが出来るのでした。

明菜はこの書類審査に4回落ち、5回目の挑戦で書類審査に合格し、テレビ予選に初めて出場しているのです。

ですから、厳密に言うと7回目の挑戦でスター誕生に合格し、歌手中森明菜が誕生したのです。

普通ならそこまで挑戦できたでしょうか。

自分自身の可能性を断固として信じて疑わずに挑戦する意思の凄さがそこに見えてきます。

テレビ予選第1回目は1979年中学2年生の時。歌った曲は岩崎弘美の「夏に抱かれて」

テレビ予選2回目は1980年中学3年生の時、松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌っています。

そして、テレビ予選3度目は、山口百恵の「夢前案内人」を歌い、番組最高得点の392点で合格したのでした。

自分の可能性を信じて疑わず挑戦する精神の凄さがそこに見えてきます。

 

「スター誕生」の審査員に映った中森明菜の資質は?

中森明菜の「スター誕生」への緒戦は7度目の挑戦での合格でした。

書類審査で4度落ち5度目の挑戦で書類審査通過しテレビ予選1回目、しかし不合格。

6度目の挑戦、テレビ審査2回目も不合格。7度目の挑戦、テレビ審査3度目で最高得点を出し合格、アイドル歌手への道が開かれたのでした。

この合格に至った最後の挑戦では、中森明菜が常連の挑戦者となっていたため出演に難色を示す番組スタッフもいたと言われています。

審査員の松田トシからは、第1回目のテレビ審査の際、「年齢のわりに大人過ぎて若々しさに欠ける」と厳しい評価を受けているのです。

2回目の時は、松田トシから「歌は上手だけど顔がとても子供っぽいから無理ね。大人の歌を歌うより動揺でも歌った方がいいんじゃない」と辛辣な評価を受けています。

1回目と2回目は全く反対の評価で、1回目は大人過ぎる、2回目は子供っぽい。

この全く相反する評価は、中森明菜という人間の個性を示す的を得た評価であったとも言えるのではないでしょうか。

大人っぽさと子供っぽさ、その相反する二つの側面を秘め持ったのが中森明菜の魅力・凄さと言えるのではないでしょうか。

その個性を中森明菜は、審査員の厳しい指摘に怯むことなく、磨き上げていったのです。

小森和子は中森明菜のことをこう語っています。

「外国の女優にたとえると、ジョディ・フォスターのような可愛らしさと凄さと大人っぽさ色々な側面を持っている人」

小森和子の言う、「可愛らしさと、大人っぽさ」それはスター誕生の審査員であった松田トシの指摘した「大人過ぎて」「子供ぽい」と同根と言えるのです。

つまり、中森明菜はその相反する両面を持ち合わせ、その相反する性質を素晴らしい歌唱と表現力に磨きあげていったのです。

それが中森明菜の凄さと魅力でもあるのです。

 

中森明菜の魅力や凄さをヒット曲から探ってみた!

中森明菜魅力や凄さは何?復活の期待高まる今!

中森明菜の凄さや魅力を明菜自身の歌から探っていきましょう。

まず、中森明菜のデビュー曲からの10曲のタイトルをこでご紹介いたしましょう。

 

デビュー曲は「スローモーション」1982年5月1日発売

第2番目は「少女A」1982年7月28日発売

3番目は「セカンドラブ」1982年11月10日発売

4番目は「1/2の神話」1983年月2月23日発売

5番目は「禁句」1983年9月7日発売

6番目は「北ウイング」1984年1月1日発売

7番目は「サザンウインド」1984年4月11日発売

8番目は「十戒」1984年7月25日発売

9番目は「飾りじゃないのよ涙は」1984年11月14日発売

10番目は「ミ・アモーレ」1985年3月8日発売

デビュ―曲は1982年5月、作詞・作曲 来生えつ子・来生たかおによる「スローモーション」、まだあどけなさの残る初々しい16歳の中森明菜。

1980年代のアイドルに相応しい爽やかで可愛らしい印象の中森明菜、確かな歌唱力で情感たっぷりに歌いあげています。

この時点での中森明菜は、無邪気さ清純さ可愛らしさを醸し出し、当時大活躍していた松田聖子や他のアイドル歌手と同質系統の印象を受けます。

しかし、第2弾「少女A」で中森明菜の印象は大きく変化し、他のアイドル歌手とは一線を画す圧倒的な存在感を打ち出したのです。

タイトル「少女A」というセンセーショナルなタイトルからも感じるように、突っ張り感、クールさを打ち出した楽曲となっており、それを中森明菜の見事に表現しています。

デビュー曲の「スローモーション」、第2弾の「少女A」、この全く異質な楽曲を、表現できる様々な情感の持ち主、そこに中森明菜の魅力と凄さを垣間見ることが出来ると言えます。

デビュー曲「スローモーション」にみる中森明菜の魅力と凄さ!

デビュー曲は「スローモーション」1982年5月1日発売、作詞・作曲 来生えつ子・来生たかお による楽曲です。

ここで歌詞の一部をご紹介いたしましょう。

スローモーション歌詞

砂の上 刻むステップ ほんのひとり遊び

振り向くと 遠く人影人影 渚を駆けて来る

ふいに背すじを抜けて 恋の予感 甘く走った

出会いはスローモーション

軽いめまい 誘うほどに

出会いはスローモーション

スローモーション

瞳の中 映るひと

このデビュ―曲「スローモーション」は、心に染み入る情緒的な楽曲です。中森明菜歌はその楽曲にふさわしく卓越した歌唱力で情感たっぷりと見事に歌いあげています。

歌詞のひとつ一つの言葉がはっきりと、しかも深い想いがこめられ明るく初々しく透明な張りのある歌声は聞く人の心に、心地よく染みわたります。

まだ16歳というあどけなさふっくらとした頬に笑みをうかべる可愛らしい中森明菜がそこにいます。

繊細な情緒を情感込めて確かな歌唱力で歌いあげる中森明菜の魅力と凄さを感じることが出来ます。

 

第2弾「少女A」に見る中森明菜の魅力や凄さ!

続く第2弾は、作詞・売野雅勇 作曲 芹澤廣明による楽曲「少女A」でした。

まずは、「少女A」の歌詞をご紹介いたします。

少女A

上目使いに 盗んで見ている   蒼いあなたの視線がまぶしいわ

思わせぶりに口びるぬらし  きっかけぐらいは こっちでつくってあげる

いわゆる普通の17歳だわ   女の子のこと知らなすぎるのあなた

早熟なのはしかたないけど  似たようなこと誰でもしているのよ

じれったい じれったい

何歳に見えても 私だれでも

じれったい じれったい

私は私よ 関係ないわ

特別じゃない どこにもいるわ

ワ・タ・シ少女A

「少女A」というセンセーショナルなタイトル、突っ張り感のある歌詞で第2弾「少女A」は、デビュー曲「スローモーション」とは真逆の楽曲でした。

「スローモーション」が純粋さ初々しさを醸し出しているのに対し、「少女A」は不良性をコンセプトにしています。

中森明菜は、この「少女A」の歌詞を見て「なぜ、私にこんなの歌わせるの」と言ってを歌うのをとても拒んだと言われています。

しかし、可愛らしさ清純さで当時脚光を浴びていた松田聖子と、全く異色のアイドルとして売り出そうとしての戦略であったのです。

中森明菜の意に反してレコーデングは強引に行われたと言います。

中森明菜の拒否する心情は、「少女A」の不良性、突っ張り感と上手くマッチし、爆発的なヒットとなりました。

このロックビートの「少女A」を歌う中森明菜はクールな表情、陰鬱な都会感、憂いを醸し出し他のアイドルとは、全く違う強烈な個性を打ち出していくことになったのです。

デビュー曲「スローモーション」とは全く異質の楽曲を見事に表現し歌い上げる中森明菜の卓越した表現力を感じ取る事が出来ます。

日本レコード大賞受賞曲に見る進化する中森明菜の歌唱力、表現力!

中森明菜は1985年第27回日本レコード大賞を「ミアモーレ」作詞・康珍化 作曲・編曲 松岡直也で受賞、続く1986年第8回日本レコード大賞を「DESIRE 情熱」作詞・阿木燿作曲・鈴木サブロー 編曲・椎名和久による楽曲で受賞しています。

「ミアモーレ」、この歌の舞台は灼熱の国ブラジルの夜に繰り広げられる情熱的なリオのカーニバル。ダイナミックな音楽、サンバのリズム、夜空に華やかに打ち上げられる花火、、賑やかに踊る踊り子たち、人々の群れ、その情景にマッチするかのような熱い恋心を中森明菜は、歌で表情で体で見事に表現しています。

また、「DESIRE 情熱」ではこれまでにない中森明菜を表現し聴衆を引き付けました。まるで、クレオパトラを想わせるかのような黒髪のボブのヘヤスタイルに金のアクセサリー、そして、古代日本を漂わせるような着物風の装いに、現代感覚の黒のブーツという新奇性に富んだファッション。それが全て中森明菜自身の発想によるものだということで、その型にとらわれない柔軟なセンスの良さに驚きを感じさせます。

歌唱力も円熟味を増し、人の様々な情念を声にしてまた体全体で表現し、歌の域を超えドラマを見ているかのような臨場感を感させますす。

 

中森明菜の魅力や凄さは何?復活の期待高まる今!まとめ

中森明菜魅力や凄さは何?復活の期待高まる今!

今、中森明菜の復活が期待されています。

中森明菜は1980年代爆発的なヒットを生み出したアイドル歌手です。

そして今なお、中森明菜の復活への期待は高まっているのです。

中森明菜の魅力や凄さとは一体何なのかについて迫ってみました。

明菜の持つ魅力や凄さは、中森明菜の持つ性格そのもの情感の深さにあります。その内面からにじみ出る深い想いを言葉に乗せて、または体で表現できる卓越した能力にあります。

中森明菜自身が、可愛らしさ、柔らかさ、突っ張り感、クールさ、繊細さ、このように多様な相反する性質をもちあわせていることから、様々な人間の情念を深く感じ取れる多様な感性の持ち主であり、それを歌で表現できる優れた能力が、中森明菜の魅力と凄さといえます。

それらは、当時のアイドル歌手の登竜門と言われる「スター誕生」ですでにその片鱗をみせていました。

人並以上の優れた繊細な感性、深い情感、繊細さ激しさ、柔らかさ、可愛らしさ、など様々な情感を声に言葉に乗せて表現できる卓越した表現力。

ある時は力強く、ある時は繊細に柔らかく、声そのものに人間の持つ様々な深い情念を醸し出し表現する中森明菜の歌は、多くの人の情感を深く揺り動かすのです。。

そんな中森明菜の魅力と凄さに再び出会いたい。

今、中森明菜の情感溢れる歌声へのラブコールは高まっているのです。